大和川は何故付け替えられたのか 秋季企画展「ほんとうの大和川つけかえ運動」開催

2014年8月22日 (文化財課)

 柏原市立歴史資料館(同市高井田)は、9月13日(土)から12月7日(日)まで、秋季企画展「なぜつけかえられたのだろう ―ほんとうの大和川つけかえ運動―」を開催する。午前9時30分から午後4時30分。月曜休館(月曜が祝日のときは開館)。入館無料。

 江戸時代の宝永元年(1704)、続発する洪水被害をなくすため、それまで河内に入った後、北に向かって流れ淀川に合流していた大和川を、現在の柏原市 役所付近から西に向かわせ、直接、堺の海に流れ込むよう流路を変更する大治水工事、大和川の付替え(川違え)が行われた。

 同歴史資料館によると、一般に大和川の付替えは、今米村(現・東大阪市)の庄屋、中甚兵衛(なか・じんべえ)らを中心とした河内の村々の農民たちが幕府 への嘆願を続けていたことから、こうした嘆願運動が高まりを見せた結果、幕府を動かし施工された、というイメージがあるという。確かに万治2年 (1659)ごろから始まっていたと思われる付替え嘆願運動は、貞享4年(1687)には河内や摂津の村々、計約270か村(約15万石)にまで広がりを 見せていた。しかし、その後、規模は縮小し、元禄16年(1703)には計42か村(約2万石)にまで減少していた。しかも付替え嘆願ではなく、治水嘆願 に内容が変化していた。幕府がそれまでの方針を変更して付替えを決定したのは、まさにこの年、元禄16年のことだ。付替え決定の理由は、付替えが幕府に利 益をもたらすと考えられたためだという。同歴史資料館では、「こうした歴史の流れが理解できるような展示を目指したい」と話している。

 主な展示品は、付替嘆願書、治水工事嘆願書、堤切所之覚、堤切所付箋図、河内国絵図、中甚兵衛肖像画などの文書類と当時の工事用道具、スキ、クワ、モッコの実物など計約20点。  同企画展について、くわしくは、同歴史資料館(072-976-3430)まで。

 

大和川の付替えをテーマに毎年開催・秋季企画展
 同歴史資料館では、大和川の付替えを統一テーマに毎年、秋季企画展を開催している。統一テーマの下に毎年、個別テーマを設け、昨年は「大和川のおいた ち」として約2万年に及ぶ変化のようすを取り上げた。一昨年は、「水を治める」を個別テーマに付替え以後の治水対策などを紹介した。大阪府内の小学生の郷 土史学習に役立つよう、学校で付替えを学習する小学4年生を意識した展示としているが、一般の来館者も十分楽しめる。

 

つけかえポスター

お問い合わせ

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582-0015 柏原市高井田1598-1(歴史資料館内)
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