安宿郡の古墳と寺院~6~

2019年5月5日

安宿郡の古代寺院

 安宿郡には多数の古代寺院がありました。賀美郷に河内飛鳥寺跡、尾張郷に片山廃寺、五十村廃寺、円明廃寺、資母郷に原山廃寺、田辺廃寺、河内国分寺跡、河内国分尼寺跡、東条尾平廃寺の9箇所の古代寺院跡があります。このなかで、片山廃寺の塔跡、五十村廃寺の金堂跡・塔跡、田辺廃寺の金堂跡・東西塔跡、河内国分寺跡の金堂跡・塔跡が発掘調査で確認されています。

 河内飛鳥寺跡ではため池の堤から巨大な塔心礎が出土しており、その部分を中心に寺院があったとされていますが、発掘調査の結果、古代の瓦も出土しないため、心礎が別の場所から運ばれてきたと考えられます。付近に古代寺院の跡があると考えられますが、もしかすると製作された心礎が不要になり放置されていたのかもしれません。

 また、東条尾平廃寺でも発掘調査の結果、中世の遺構と奈良時代末以降の瓦が出土したのみで、寺院のようすはよくわかりませんでした。7世紀末ごろの瓦も少しあるようなので、7世紀に遡る小さな寺院があったのかもしれません。

 円明廃寺は7世紀末から平安時代にかけての瓦が多数出土しており、古代寺院の存在が確実と思われますが、やはり寺院に関連する遺構が確認されていません。原山廃寺も遺構は確認されていませんが、かつては基壇と思われる高まりが残っていたということであり、大量の瓦の出土から古代寺院の存在は確実です。国分尼寺跡からも奈良時代の瓦が出土するので、周辺に国分尼寺があったと考えられます。推定地よりも南の高台にあったのではないかと考えられます。このように、河内飛鳥寺跡と東条尾平廃寺は未確定ですが、ほかの7遺跡は古代寺院跡と考えて間違いないでしょう。

 大和川の北に位置する大県郡の古代寺院は河内六寺として有名ですが、それを上回る数の古代寺院が安宿郡にはあったのです。しかも、河内国の国分寺や国分尼寺も存在したことを考えると、安宿郡がいかに重要視されていたかがわかります。

(文責:安村俊史)

河内飛鳥寺塔心礎図
図:河内飛鳥寺跡出土塔心礎石(『羽曳野市史』第3巻より)

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