~河内大橋3~

2017年6月5日 (文化財課)

高橋虫麻呂とは

 「河内大橋」の歌の作者は高橋虫麻呂と考えられます。実は、1742、1743番の歌の作者がだれであるのか書かれていません。しかし、この歌のあと、1760番の歌のあとに、「右の件の歌は、高橋虫麻呂が歌集の中に出でたり」と書かれており、1738番から1760番までの23首が、すべて『高橋虫麻呂歌集』から採られたことがわかります。もちろん『高橋虫麻呂歌集』という歌集は残っていません。また、虫麻呂歌集の歌の作者がすべて虫麻呂であったとは限りません。しかし、この23首の歌の特徴や内容などから、これらはすべて高橋虫麻呂の作品だと考えられています。それでは、高橋虫麻呂とは、どんな人物だったのでしょう。

 虫麻呂については、生没年、出身地、家系など不明な点が多く、謎の多い歌人です。東国の歌が多いことなどから、東国の出身とする説もありますが、畿内出身と考えていいと思います。まちがいないことは、藤原宇合に仕えていたことです。宇合(694~737)は、藤原不比等の子で、藤原四家の一つ式家の租になります。宇合は漢文の素養があり、虫麻呂の文学的才能を高く評価していたのでしょう。

 虫麻呂の歌は、『万葉集』に36首詠まれています。長歌が多く、地方の伝説を詠んだ歌が多いことなどから、伝説歌人などと呼ばれます。また、その歌風から抒情歌人とも呼ばれ、犬養孝氏は、虫麻呂の心情から「孤愁のひと」と呼んでいます。

 歌風は、叙事性、抒情性に富んだものであり、写実的、具象的、現実的、客観的、色彩的、動的などと表現されます。その歌には、夢想、幻想、幻影、願望、想念、空想、憧憬が詠み込まれ、耽美的、官能的とも評されます。その一方で、挫折、疎外、孤独、漂泊など虫麻呂の内面を重視する研究者もみられます。「平凡で誇張虚飾に満ちた無力なる作者」という評もありますが、わたしは、あふれるばかりの感情を歌に詠み込んだものと理解したいと思います。

(文責:安村俊史)

河内大橋の位置図
写真:河内大橋の位置図

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