~河内大橋2~

2017年5月29日 (文化財課)

「河内大橋」の歌を詠み解く

 歌の前に、その歌が詠まれた事情などを書いた部分を題詞といいます。「河内大橋」の歌では、歌のなかではなく、題詞に「河内大橋」とあり、その橋を一人で渡っている女性を見て詠んだ歌だと書かれています。ここから、「河内大橋」と呼ばれる橋があったことがわかるのです。

 この歌は、高橋虫麻呂の歌でまちがいないと考えられます。歌の内容は、河内大橋を一人で淋しそうに渡っていく美しく着飾った女性。あの子は結婚しているのだろうか、それとも独身だろうか。自分の家が大橋のたもとにあったならば、彼女を泊めて、一夜をともに過ごしたいというものです。見ず知らずの女性に対して、なんとも大胆な虫麻呂です。

 この歌を詠んでいると、目の前に景色が思い浮かぶようです。それは、艶やかな色彩を詠みこんでいるからでしょう。まず、大橋は「さ丹塗り」であったといいます。「さ」は接頭語で、おそらく欄干だけでしょうが、「河内大橋」は丹塗りの橋だったということです。当時としては、丹塗りの橋は珍しかったでしょう。その橋を渡っている女性は、「紅の赤裳裾引き、山藍もち摺れる衣着て」いるのです。真っ赤なスカートの裾を引きずりながら、藍染めの上着を着ているのです。この艶やかな光景が、虫麻呂の創作意欲を引き起こし、一晩をともにしたいという発想へとみちびいたのでしょう。

 この歌は、虫麻呂の空想の歌で、実際の景色を詠んだものではないという研究者もいます。また、橋は彼岸へ渡るもので、日常とはかけ離れた世界を詠んだものだという研究者もいます。橋を渡る「娘子」は、遊女だったという研究者もいます。橋のたもとは歌垣の場であり、それを歌の背景に詠みとる研究者もいます。歌垣とは、男女が互いに歌を詠みながら、自由な性を楽しむ場でした。

 このように、この歌は遊興や性的解放と結びつけて理解されることも多いのですが、実際に橋を渡っている女性を見て、その美しさに思わず詠んだ歌と考えてもいいのではないでしょうか。そのほうが、この歌の良さが活きていくるように思うのですが・・・。

(文責:安村俊史)

河内大橋推定地
写真:河内大橋推定地

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平成29年4月25日(火)から9月10日(日)まで、特集展示「河内大橋」を開催しています。

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