やまとがわ

2017年9月7日 (まちの魅力づくり課)

 柏原市は都会のように騒々しくもなく、田舎のように孤立もしていない。柏原市は自然の風景の美しさと生活の便利さのバランスがうまく取れた街である。今回は柏原市に流れる大和川の紹介をしよう。

 

 大和川は奈良の桜井市の東北部から始まり、奈良県の佐保川、曽我川、葛城川、高田川、竜田川、富雄川などの水を集め、大阪の柏原市で石川と合流し、大阪湾に流れ込んでいる。

 明治時代に鉄道が建設される前までは、二人で航行する柏原舟は大阪と柏原の間の商品を運送するメイン手段であった。

 もともと柏原舟の港だが、今は児童公園になってしまった。かつての繁栄の様子は現在見ることができない。残念だ。
 柏原舟の普及は物流の繁栄を盛り上げた。写真にある三田家住宅は、当時に柏原舟の運航で栄えた商人の家である。昭和44年(1969年)に文化財と認定された。
 1704年以前、大和川は現在の様子と大きく異なっていた。当時の大和川は、各支流と合流したときに、たくさんの土砂も一緒に大和川に入ったため川の床がだんだん高くなって、洪水がほぼ毎年発生した。洪水を制御するために、日本史上でも有名な大和川の付け替え工事を行った。
 画像は、大和川の付け替えを促進した代表人物の中甚兵衛の像である。彼を記念するために、この新旧の川道の間に立っている。(この立派な姿をマネしました。似ていますか?)
 付け替えた大和川は西に方向を変え、海に流れ込む。もともとの川道の水流は弱くなって、生活用水として残された。それは長瀬川と呼ばれている。
 築留二番樋(文化庁登録有形文化財)
 長瀬川は柏原市から、八尾市、東大阪市を通り、全長約1万4千メートル。大和川の付け替えのおかげで、洪水は無くなり、人間に恵みを与えるだけではなく、魚と水鳥も育った。
 工場のそばのかわいい水車
 八尾市の二俣付近。長瀬川はここからもう一度、二本に分かれる。左側は長瀬川で右側は玉串川である。

 春の河川敷にいっぱいの菜の花、夏の風物詩花火大会、秋風と共に揺れるススキの穂、冬の雪に飾られた白い世界。

 付け替えされた大和川は四季折々の風景があります。ぜひ自分の目で見ませんか。

 

  大和川を付け替える前の様子はもう誰も知らない。そして、今の長瀬川は、優しく細い川しか見られない。長瀬川から西へ50メートルぐらい離れたところにある、玉串川との分岐のところに、道が盛り上がったところがあるが、それが元の大和川の堤防だと教えてもらった。

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