茶臼塚古墳

2016年10月23日 (文化財課)

 茶臼塚古墳は、松岳山古墳の西側に接するように築かれていた長方形墳です。埋葬施設は竪穴式石室で、豊富な副葬品が出土しています。

 1984年12月、果樹園に貯水槽を設置する工事の際、銅鏡などが出土したと連絡がありました。柏原市教育委員会が現地を確認したところ、竪穴式石室の南半分が粘土棺床上面まで荒らされ、銅鏡などの副葬品もすべて採集されたあとでした。石室壁体もほぼ破壊されて、再び適当に積み上げたような状態でした。そのため、緊急に石室現況を記録し、周辺の地形測量をした後、石室を土のうなどで保護、埋め戻してその後の調査に備えました。
 そして翌1985年の7月から墳丘と残されている竪穴式石室北半が調査されました。

構造

 墳丘東側で南北にのびる板石積みが見つかりました。その石積みは石室に使用されているものと同じ玄武岩の板石を垂直に積み上げたものであり、もっとも良好な部分で90cmの高さまで残っていました。また、石室から東へ6m地点で2段目の墳丘に伴うと考えられる玄武岩の板石積みが確認されました。

 これによって、茶臼塚古墳の墳丘は、垂直の板石積み、テラス、垂直の板石積み、墳頂となる階段状の2段築成の墳丘と復元されます。地形測量結果から推定される墳丘規模は東西16m、南北22mです。
 このような階段状の墳丘は国内では例を見ず、類例は高句麗などの朝鮮半島にみられ注目されます。

茶臼塚復元図
茶臼塚古墳の墳丘推定復元図

 茶臼塚古墳東辺すぐに松岳山古墳の墳丘裾テラスの板石積みが確認されました。その間隔は北東で20cm、東で30cmしかありません。両者の板石積みの関係から、松岳山古墳の築造がわずかながら先行するのではないかと考えられます。

茶臼塚石積み
墳丘石積み(東から)
手前の石は松岳山古墳の前方部前面の石。

埋葬施設

 茶臼塚古墳の埋葬施設は、板石を小口積みした竪穴式石室です。石室規模は長さ6.2m、幅は北端1m、南端0.75m、高さ1.7mと復元されます。

茶臼塚石室と副葬品
茶臼塚古墳の竪穴式石室と副葬品出土状況

石材
 石室石材は、カンラン石玄武岩(松岳山古墳群の東方、芝山産の芝山火山岩)と考えられ、それとともに結晶片岩(紀ノ川下流から四国の吉野川流域で産出される)も数点出土しています。同じ石材は玉手山7号墳にも認められます。

構築手順
 墳丘下段を構築した後に幅9~10mの墓坑を掘り下げ、墓坑底に直接粘土棺床を築いています。墓坑の規模は、調査不十分で明確にできません。玉手山古墳群の竪穴式石室は、すべて粘土棺床下に厚い小礫敷が認められますが、ここではみられません。

 その後、棺床から北へ約10cm、南に約20cm離れて、小口壁のみ粘土棺床の高さまで板石を積み上げ、棺床周囲に5cm前後の礫が詰められます。おそらく、この後に木棺が安置されたと思われます。木棺は棺床の断面形から割竹形木棺と考えられます。

石室の壁と天井
 石室壁体は、粘土棺床上面から小口積みに積み上げられています。控え積みには板石とともに円礫なども使用されています。南北の壁面はほぼ垂直に、東西は80~85度の角度でやや内傾して積み上げられています。

 天井石は確認できず、おそらく壁体よりやや大形の石材を多数使用することによって、天井を閉鎖していたのでしょう。石室の東では厚さ10~15cmの明黄褐色粘土が確認され、石室天井の被覆粘土と推定されます。
※小口積み…石材の小さい面を向けて積む方法
※控え積み(石室を外から支える石)…据え付けた石の裏に根入れを行い積んでゆく方法

赤色顔料
 粘土棺床上面には、赤色顔料が良好に残っていました。これはその後の分析で水銀朱と確認されています。さらに朱の上面から白色礫が多数出土し、この朱と白色礫が木棺の下に敷かれたものか、木棺内のものか調査からは確定できていません。しかし、石製品にも朱が付着するものが多いことから、これらの朱と白色礫は棺内に散布されていた可能性が高いと考えられます。こうした葬送儀礼の後、木棺の蓋が閉ざされ、石室が構築されたのでしょう。
※赤色顔料について…割竹形木棺の内・外の面と石室の壁面とにベンガラ(赤色顔料)が塗られることが多く、棺の内側には朱(水銀朱)が塗られている場合もあり、ベンガラと朱の両方が用いられる場合もあります。

副葬品の出土状況

石室北半
 石室北半からは四獣鏡、鍬形石(くわがたいし)2点、車輪石(しゃりんせき)4点、石釧(いしくしろ)26点の石製品が確認されています。

 棺床北端より120cm南から四獣鏡が、鏡背を上にして出土しています。そのすぐ南から鍬形石、石釧が2列に並ぶように出土しています。鍬形石より1.5m南には車輪石4点が集中して出土しています。これは棺床北端から2.8mの位置にあたり、木棺のほぼ中央です。
 この部分までは攪乱を受けておらず、これらの出土位置は本来のものです。

 石室北側のほうが幅が広いことから、被葬者の頭位を北向きとすると、頭の北側に四獣鏡と鍬形石、体に沿って両側に石釧が置かれていたと考えられます。石釧は人骨や木棺の腐朽とともに、若干位置が動いている可能性があります。

石室南半
 石室南半から出土したのは、三角縁神獣鏡、鍬形石4点、車輪石3点、石釧15点です。

 南半は副葬品がすでに取り上げられていたため、正確なことは不明ですが、発見者談では、棺床南端から1m前後北に三角縁神獣鏡、そこから北へ石釧が2列並ぶように出土したようです。この証言を信用すると、木棺のほぼ中央に車輪石の集積があり、そこから北と南に2列に並ぶ石釧、その両端に銅鏡が1面ずつ置かれていたことになります。

 この出土状況から考えると、木棺の北と南に1体ずつ、計2体の埋葬があった可能性も考えられます。

棺外
 銅鏡と腕輪形碧玉製品は棺内からでしたが、棺外の粘土棺床と石室北壁との間から鉄製品が出土しています。南半からも鉄剣の小片などが出土しており、南小口の棺外にも鉄製品があった可能性が考えられます。

茶臼塚腕輪形碧玉
腕輪形碧玉製品(柏原市指定文化財)

主な出土品

銅鏡(三角縁神獣鏡・四獣鏡)、鉄製農工具などと共に、鍬形石・車輪石・石釧などの碧玉製腕飾(へきぎょくせいうでかざり)は柏原市指定文化財(茶臼塚古墳出土品)となっています。

四獣鏡
 直径13.2cmの倭製鏡です。4つの乳によって分けられた4つの区画に獣形を各1体ずつ配しています。

茶臼塚四獣鏡
四獣鏡(柏原市指定文化財)
木棺内の北寄り、被葬者の頭部北側から出土。

三角縁神獣鏡
 直径21.9cmの倭製獣文帯三神三獣鏡。内区に6個の素乳を置き、その間に各3体の神像と獣形を各1体ずつ配しています。内区外周の文様帯には10個の乳、その間に獣面、蛙、双魚、龍、四足獣、鳥などが置かれています。倭製の三角縁神獣鏡としては、初期のものでしょう。

茶臼塚三神三獣鏡
三角縁三神三獣鏡(柏原市指定文化財)
木棺内の南寄り、被葬者の足元付近と推定される位置から出土。

鍬形石
 完形のものが4点、大形で板状部が直線的なものと小形で板状部側縁が弧状をなすものがみられます。

茶臼塚鍬形石
鍬形石(柏原市指定文化財)

車輪石
 完形のものが7点、正円形のものや下ぶくれの卵形のものがあります。正円形のもの1点には両面に条線がみられます。

車輪石
車輪石(柏原市指定文化財)

石釧
 41点出土しており、破損も数点みられます。扁平で文様が表裏両面と1面のみに施されているものが1点ずつあり、そのほかは刻線を施した斜面と凹面をなす垂直面によって構成されるものです。さらにこれらも凹面が1段のものと2段のもの、凹面とならず刻線が刻まれるものなどがみられます。

茶臼塚石釧
石釧(柏原市指定文化財)

鉄製品
武器…短刀は長さ約22cm、剣は長さ21cmです。

茶臼塚短刀
短刀・剣(柏原市指定文化財)

農工具…鉄斧、鎌、ヤリガンナ状鉄製品があります。鉄斧は鉄板の一方を折り曲げて袋状にしたものです。

茶臼塚農工具
農工具(柏原市指定文化財)

円筒埴輪
直径34cm、高さ60cm以上で突帯は4条以上となります。透孔は縦長の長方形で1段に3方向に穿たれます。

茶臼円筒埴輪
円筒埴輪(柏原市指定文化財)

その他埴輪
朝顔形埴輪、鰭付円筒埴輪も確認されていますが、形象埴輪は存在しないようです。松岳山古墳の埴輪に比べると、小形で器壁の薄いものが多いようです。

お問い合わせ

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