文化財発掘調査と行旅死亡人取扱法

2015年5月8日 (文化財課)

 文化財の発掘調査で、たとえば縄文時代や弥生時代の人骨が出土したら、どうなるのだろう。当然、文化財保護法(昭和25年法律第214号)など関係法令の規定に基づき、適正に処理する、ということになるだろう。
 ところが、ここに行旅病人及行旅死亡人取扱法(明治32年法律第93号)という法律がある。制定時期は古いが、現行法である。その第1条第1項後段で「行旅死亡人ト称スルハ行旅中死亡シ引取者ナキ者ヲ謂フ」と規定し、続く第2項で次のように規定している。

 住所、居所若ハ氏名知レス且引取者ナキ死亡人ハ行旅死亡人ト看做ス

 住所や居所、あるいは氏名がわからず、かつ、引取者のない死亡人は、「行旅死亡人」として取り扱うというのである。
 この法律にいう「引取者」とは、同法の他の規定(第10条ほか)から見て、第一義的に相続人や扶養義務者などの関係者、祭祀を行う者、いわゆる親類縁者だと思われる。
 もし、そうだとすると、発掘調査で出土した人骨の主は、まともに、この規定に該当している。住所も居所も氏名もわからないのだから。つまり、そうした出土人骨は、理論上、この法律によって「行旅死亡人」と見なされる可能性があるのである。
 それでは、発掘調査で人骨が出土したような場合は常に同法によって取り扱うことが義務付けられるのだろうか。実際に、そうしなければ、ならないのだろうか。

 行旅病人及行旅死亡人取扱法は、行旅中に病気となって歩けなくなった人や不幸にして亡くなった人を救助、埋火葬したり、親族を探したりするための責務の所在や手続き、費用負担などについて定めた法律である。「其ノ所在地市町村」が、救助や埋火葬などを行うこととされている(同法第2条、第7条)。
 ところが、その対象となる状況の発生時期についての規定がない。不明確なのである。病人については、当然、「今の」病人だろうが、死亡人については、どうなのだろう。最近の死亡人なのか? 3年以内の死亡人なのか? 10年を超えていても対象となるのか? 100年前だったら?・・・。
 限界についての明確な規定がない以上、たとえ、その死亡人が平安時代や鎌倉時代、いや縄文時代や弥生時代、あるいは旧石器時代の死亡人であっても対象となると言わざるを得ない。理論上は。

 しかし、これは、どう考えても不自然である。縄文時代や弥生時代の死亡人を、この法律の対象とすべきなのだろうか。一般の社会通念に照らしても答えは「NO」であると思われる。
 とはいえ、これらの死亡人は、ほとんどの場合、「住所、居所若ハ氏名知レス且引取者ナキ死亡人」であると思われる。そうなると、同法にいう「行旅死亡人」となり、同法の規定に従って、「其ノ状況相貌遺留物件其ノ他本人ノ認識ニ必要ナル事項ヲ記録シタル後其ノ死体ノ埋葬又ハ火葬ヲ為」さなければならないことになる(同法第7条)。もし、これが、たとえば、いわゆる化石人類の骨などであれば、非常に不適当な事態である。となれば、こうした場合は、何がなんでも、このような「出土品」は「文化財」であるという理由づけが必要となるのではないだろうか。

 文化財保護法第2条第1項第1号を見ると、「有形の文化的所産で我が国にとって歴史上又は芸術上価値の高いもの」「考古資料」「その他の学術上価値の高い歴史資料」が文化財(有形文化財)であるという。
 となると、「死亡人」は「文化的所産」あるいは「考古資料」や「歴史資料」なのか、という問題が生じる。これが、仮に、古代の墓(方形周溝墓や古墳など)に埋葬されていれば、それらと一体となって「文化的所産」「考古資料」「歴史資料」=「文化財」であるといえるだろう。また、甕棺などに納められていれば、そうしたものと一体となって「文化財」だといえるかもしれない。
 では、それ以外、たとえば、近年ヨーロッパで発見された「アイスマン」(1)のような場合はどうなのだろうか。これは「行旅死亡人」の可能性が高い。ただし、5,000年以上前の、であるが。このような場合でも衣服や所持品、装飾品などから一体として「文化財」だと認定されるべきだろう。「行旅死亡」の状況も含めて、その存在そのものが間違いなく「考古資料」「歴史資料」であり「文化財」であると考えられるからだ。たとえ、人骨の一部だけであっても、これらの事情は変わらないというべきではないだろうか。数千年を経ているような場合、たとえ、DNA鑑定などにより子孫が判明しても、その人骨が子孫に引き渡されることは、まず、ないのではないだろうか。それは、とりもなおさず、そうした人骨が「文化財」だと認識されている、少なくとも親類縁者への引渡しや祭祀を必要とする「死亡人」とは認識されていないからだと思われる。つまり、「我が国にとって歴史上又は芸術上価値の高いもの」(文化財保護法第2条)にほかならないと考えられるからであろう。子孫が多人数にわたりすぎて、「祭祀継承者」が特定できないという事情もあるだろうけれども。

 数千年、数百年もたっていれば、もはや「慰霊の対象」との意識は薄れていると思われる。とはいえ、人骨を単なる「物」と見るのは、確かに抵抗がある。事実、高松塚古墳出土の人骨は、重要文化財などの指定から除かれているし、地元で納骨堂が建てられ慰霊祭も行われたという(2)。だが、その一方、吉野ケ里遺跡出土の人骨は、企画展で展示されるなど文化財として扱われている(3)。少なくとも墓地、埋葬等に関する法律(昭和23年法律第48号)(4)に従って埋火葬などされてはいないようである。まして、人骨である以上、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)(5)の対象ではあり得ない。
 どうやら“もの”によって、その扱いは異なってくるようだ。
 また、「信仰の対象」と認識される場合もあるだろう(6)。
 さらに100年前あたりとなると、なお「慰霊の対象」との意識が強いと考えられる。
 したがって、ケース・バイ・ケースで判断するのが適当だということになるだろう。年数などによる、一定の線引きが必要かもしれないが。
 奥州藤原三代(四代)の遺体は、中尊寺金色堂に納められている(7)が、研究の対象とされることもある。仮に200年前、300年前の死亡者が、ほとんど生前と変わらないような姿で出土したとすれば、「ご遺体」と意識されることがあっても、同時に「研究対象」として認識されることになると思われる。このような場合、考古学や歴史学に留まらず、学術的な意義は高いと思われる。最終的には、墓地、埋葬等に関する法律に従って、改葬するとしても。
 あるいは、「考古資料」や「歴史資料」などという概念のほかに「研究対象」という概念も必要なのかもしれない。宗教感情や遺族感情(子孫感情)なども考慮しながら。

 実際問題として、発掘調査で人骨が出土したような場合、行旅病人及行旅死亡人取扱法第9条に従って、「其ノ状況相貌遺留物件其ノ他本人ノ認識ニ必要ナル事項ヲ公署ノ掲示場ニ告示シ且官報若ハ新聞紙ニ公告」している場合もあるようだ。とはいえ、こういった例はあまり多くないようでもある。同法が規定している目的(死亡人の相続人・扶養義務者・同居の親族の探知や当該者への通知、費用負担の順序、遺留物件の取扱など=同法第10条他)から見て、告示・公告などしたら失笑を招くかもしれない。

 「2千年以上前に死亡」「弥生時代中期の人骨」「お心あたりの方は、ご連絡ください」・・・。

 あるいは、対立する研究者の介入を招くなど、予期せぬ事態が起こってくるかもしれない。「引取者」ということで。
 いや、むしろ、発掘担当者(市の教育委員会など)が「引取者」になればよいのだ。「引取者」がいれば、同法によって取り扱うべき「行旅死亡人」ではなくなるのだから。親類縁者以外の者が引き取ってはならない、などということはない。事実、同法では、親類縁者がいない場合、市町村に取扱いの義務を課している。
 したがって、発掘調査で人骨が出土したような場合、同法による告示・公告などは、もとより不必要だし、むしろ不適当だと言わざるを得ない。ただし、たとえば幕末期以降といったように比較的新しいものの場合は、状況に応じて、告示・公告することに一応の意義が認められるかもしれない。

 文化財の発掘調査で出土した縄文時代や弥生時代の人骨が、行旅病人及行旅死亡人取扱法の対象外なのは論を待たないと思われる。もとより、同法が、その趣旨(救助、埋火葬、親族への通知、費用負担など)から見て、そうした歴史的、考古学的客体を対象としていないことは明らかであろう。
 しかし、同法が、その旨を明らかにする規定を、現在に至るもなお設けていないことも、また事実である。これは、「そんなことは当然」との認識からなのだろうか。とはいえ、混乱や誤解を避けるためには、たとえば、「明らかに文化財保護法の対象となる場合を除く」、「慰霊の対象としての意義が薄れていると明らかに思われる場合であって、学術調査の対象とすべき場合は文化財に準じて取り扱うことができる」などといった「ただし書き」や「例外規定」、また「特別法」や「運用基準」「取扱手順(マニュアル)」などが必要なのではないだろうか。

 以上から、次のようにまとめることができる。

  1. 発掘調査で出土した数千年前、数百年前の人骨などは、文化財保護法にいう「文化財」(考古資料など)として扱うべきであり、少なくとも行旅病人及行旅死亡人取扱法にいう「行旅死亡人」には該当しない。
  2. 発掘調査で出土した数千年前、数百年前の人骨などが、仮に文化財保護法にいう「文化財」(考古資料など)として扱うべきでないとしても、発掘担当者が「引取人」となれば、やはり、その後、行旅病人及行旅死亡人取扱法に従って取り扱うべき「行旅死亡人」には該当しない。
  3. 出土した人骨がどの時代のものかなどによって、宗教的感情など、微妙な要素を含む場合もあるので、1・2の旨を明確にしながら、併せて、特に年代による基準を設けるなど、一定の規定、基準、取扱手順(マニュアル)などが必要であると考えられる。
  4. 数十年前以降の人骨なら、行旅病人及行旅死亡人取扱法の対象であると思われる。親類縁者を探すべきだし、親類縁者が分かれば通知して引き取ってもらうべきだろう。殺人や死体遺棄など刑事事件の可能性があれば、警察の担当範囲(8)となる。

 3のほか4のような場合も有り得るので、発掘調査で人骨など「死亡人」が出土したような場合は、1・2の場合も含め、とりあえず警察にも知らせておくべきだと思われる。

 ところで、大阪府(都道府県教育委員会)や市町村(同教育委員会)などの発掘調査などで出土した文化財の帰属は、一般に大阪府(都道府県)とされている(9)。
 しかし、もし出土した人骨などが文化財でないならば、市町村(同教育委員会)が行旅病人及行旅死亡人取扱法にいう「引取人」になれば、そのまま市町村(同教育委員会)に帰属する、ということになりそうである。都道府県が「引取人」になることもできるわけだが。

(1) 1991年にイタリアとオーストリアの国境、エッツ渓谷のイタリア側、標高3,210メートルの氷河の中から発見された男性のミイラ。約5,300年前に死亡したと推定されている。発見当初は、凍死したものと思われていたが、その後、左肩に矢を受けて動脈を損傷していたこと、さらに後頭部を殴られていたことなどがわかった。体内に残されていた花粉などから短時日に高山地帯から低山地帯に移動し、再び高山地帯に移動していたことが推定される。こうしたところから、何者かに追われて逃げていたものの、ついに追いつかれて殺害されたと想像されるという。死亡時期は4月ごろとみられるが、死亡時の状況なども含め未解明の点は多い。現在は、イタリア、ボルツァーノ県立考古博物館に保存されている。つまり、文化財として取り扱われている。当時の社会、食生活や医療などを研究するうえでの貴重な「考古史料」「研究対象」だといえるだろう。古代エジプトやアンデスのミイラも同様であると思われる。

 

(2) 平成24年(2012)3月21日、高松塚古墳の壁画発見40周年を機に古墳そばの納骨堂で地元住民らによる慰霊祭が行われた。翌22日以降、産経新聞、朝日新聞、毎日新聞、奈良新聞など各紙が報じた。

(3) 吉野ケ里歴史公園企画展「吉野ケ里の弥生人~出土人骨は語る~」(2009.1.31~4.6、主催・佐賀県教育委員会)など。

(4) 「埋火葬法」とも呼ばれる。「墓地、納骨又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的と」している(同法第1条)。

(5) 「廃棄物処理法」、「廃掃法」などとも呼ばれる。「廃棄物の排出を抑制し、及び廃棄物の適正な分別、保管、収集、運搬、再生、処分等の処理をし、並びに生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的と」している(同法第1条)。現在は、循環型社会形成推進基本法(平成12年法律第110号)や環境基本法(平成5年法律第91号)などとも一体となって運用されている。

(6) 宗教の開祖などの遺骨は、信仰の対象となるのではないだろうか。少なくとも信者達にとっては、それが単に「文化財」=物、として扱われるのには、一般人にも増して非常な抵抗があると思われる。
ところで、イエス・キリストの場合など、どうなるのだろう。死後復活し天に上ったことになっているし、もとより神だったと解釈されているわけだから、信仰上は遺骨など存在するわけがないということになる。しかし、歴史上、実在した人物であれば、今もどこかに遺骨が残されている可能性は否定できない。ということで、キリスト教社会にあっては、こうした論争も予想されるところである。なにしろ進化論をめぐる論争が、現代も行われているということでもあるし(学校で進化論を教えるのなら、それと同じ時間、聖書も教えるべき、といった主張などがあるという)。

(7)  金色堂は墓堂、廟所ともいうべき建物であるが、その埋納方法は土葬ではなく棺桶に納めたうえでの堂内での安置である。このため、「埋火葬法」の規定に適合していない。同法施行のはるか以前からのことなので、当然、同法の適用はないわけだが。

(8) 刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)の改正(平成22年(2010)4月27日公布・施行)で、「人を死亡させた罪であって死刑に当たる罪」(殺人罪、強盗殺人罪など)については、公訴時効の期間が廃止された。また、「(改正法施行の際)その公訴時効が完成していないものについても(改正法の規定を)適用する」(刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(平成22年法律第26号)附則第3条第2項)とされている。この改正以前の殺人罪などの公訴時効の期間は25年(平成17年(2005)1月1日以後)、それより前は15年だったが、平成22年の改正の結果、平成7年(1995)4月27日以降に犯された殺人罪などについては時効がなくなったわけだ。したがって、現時点では、おおむね20~30年前以降だと思われる死亡人であれば、犯罪捜査の対象となる可能性があるのである。ちなみに「死刑に当たる罪」とは、法定刑の最高が死刑とされている罪である。
公訴とは、公益を目的とした訴えのことであり、一般には国家刑罰権の発動を求めて検察官が提起する訴え(裁判所に対して、請求に対する判決を求めること)をいう。私益を目的とする訴え(私訴)に対して「公訴」と呼ばれる。犯罪の発生(終了)から一定期間が経過すると訴えを提起できなくなり、これを公訴時効という。公訴時効の期間については、刑事訴訟法第250条に規定されている。また、公訴を提起することを「起訴する」という。

(9) 大阪府警察遺失物取扱規程の運用等について(平成19年12月3日例規(会)第77号)、第5埋蔵物等の取扱い(第5章)1埋蔵物の取扱い(第20条)
(5)提出した埋蔵物について(中略)それぞれ次のものに帰属する。
ア 国の機関が発見し文化財と認定され、その所有者が判明しない埋蔵物  国庫
イ 国の機関以外の者が発見し文化財と認定され、その所有者が判明しない埋蔵物  大阪府
ウ 文化財でないと認定された埋蔵物  発見者及び土地又は埋蔵物の所有者
(以下略)


(文責:宮本知幸)

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