大坂の陣と柏原コラム4 後藤又兵衛の武名

2015年2月6日 (文化財課)

浪人する又兵衛

 小松山の戦いの主人公である後藤又兵衛は播磨生まれで、大河ドラマの主人公になった黒田官兵衛の家臣として活躍した。しかし、官兵衛の息子の長政と対立し、黒田家を退去した。原因は長政と不仲の細川忠興と親しかったためという。

家康も気にかけた又兵衛

 徳川家康は又兵衛の武勇を惜しみ、黒田家へ復帰するよう仲介するなど骨を折った。しかし、うまくいかず、結局、又兵衛は豊臣秀頼の要請を受け、大坂城に入城した。
家康の予感は的中し、又兵衛は冬の陣の鴫野・今福(大阪市)の戦いなどで活躍した。

語り継がれた武名

 又兵衛討死の後、後藤助右衛門は姫路の芥田家に送った手紙で、「又兵衛の手柄は源平合戦の時代以降ないほどすばらしく、日本で比べる者がない」と称賛している。
ちなみに、又兵衛の名前は「基次」以外にも、「正親」が確認されている。

 

(文責:天野忠幸)

 

玉手山にある
後藤又兵衛基次之碑

又兵衛の家臣
吉村武右衛門之碑

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