柏原市域に大きな被害 昭和11年(1936)の河内大和地震

2015年1月16日 (文化財課)

 平成7年1月17日の阪神淡路大震災から20年、平成23年3月11日の東日本大震災・大津波から4年。大きな被害をもたらした大震災の傷跡は、まだまだ癒えることがない。地震は、一瞬にして全てを奪い去ってしまう。いつ起こるのか予測が困難なだけに、普段から備えを怠ることはできない。

 阪神淡路大震災のときも東北大震災のときも、幸いにして柏原市域では、それほど深刻な被害はなかった。

 しかし、かつて、柏原市域に大きな被害をもたらした地震があった。今から約80年前、昭和11年(1936)2月21日に発生した河内大和地震だ。防災への意識を高め、改めて自覚を促すために、少し当時の状況を振り返ってみることにしよう。

 河内大和地震は、午前10時7分に発生、2分以上にわたって激しい揺れが続いた。大阪測候所の地震計の針が振り切れてしまうほどだったという。震源は現在の柏原市峠、亀の瀬付近(当時は堅上村)と見られ、被害は大阪府南東部から奈良県北部を中心に周辺地域にまで及んだ。原因は、亀の瀬断層の地塊(ちかい)運動によるものと報じられた。二上山の西側を通る新断層の活動によるものであるという。これに対し、震源は二上山東側(奈良県側)だとする見解が、2月26日に東京帝国大学地震研究所から発表されている。この発表では、「深さ8キロないし10キロという比較的浅いところで起こった局部的な火山現象と類似性の地殻変動である」としている。

 地震の被害は、死者9人(大阪府8人、奈良県1人)、負傷者59人(大阪府52人、奈良県7人)、家屋の全半壊148戸に上った。マグニチュードは6.4で、最大震度は5だったと推定される。和歌山や岐阜、福井、神戸、津、亀山、名古屋などでも揺れが観測されたようだ。余震も続いた。

 当時の新聞報道から現在の柏原市域での被害を拾ってみると、今町地区(当時は柏原町)では「全町の屋根瓦が雨あられと飛び散る」状況で、崩れかけた家屋から避難した人々が恐怖に耐えながら広場で「毛布や布団にくるまっていた」という。国分東条地区(当時は国分村)では、関西本線堅上駅の大和川対岸にあった採石場で作業員10人余りが「崩壊した岩塊(がんかい)の下敷きとなり」2人が圧死している。

 中央気象台の正式発表(2月21日午前11時)では、大正12年(1923)の関東大震災や昭和2年(1927)の北丹後地震と比較してか、「大震災というほどの大規模なものではない」「強震と思われる」などとしているが、南河内郡柏原町(現・柏原市)の被害が「最も酷(ひど)かった」と報じられている。柏原町の被害は、死者2人、負傷者11人、家屋の全半壊20数戸などとある。柏原駅・道明寺駅間の鉄道も不通となったようだ。

 被害は大阪市内にも及び、西淀川区では高さ約50メートルの煙突の上で作業中の作業員3人が地上に振り落されて即死、旭区では高さ約18メートルの煙突が高さ約12メートルあたりで折れて地上に投げ出された作業員2人が重傷を負うなどしている。奈良県内でも法隆寺や薬師寺、唐招提寺などの土塀が損傷したという。

 大阪港の海面が、地震直後に3メートルの高さになったようだ。これについて大阪測候所では、「今後は再激震の憂いなく、津波ももちろんないから安心されたい」と発表しているが、これは3メートルの津波だったのではないだろうか。

 また、地震翌日の2月22日午前4時10分ごろ、大鉄(現・近鉄)上ノ太子駅の裏山付近から黄色い火柱が2回、空に向かって立ち上ったのが目撃されたという。専門家(東京帝国大学地震研究所の教授)によって、地震に伴う発光現象だと説明されたが、「学問上の大きな拾い物」(大阪測候所技師の話)とも報じられている。地震の前後、特に直前などに、往々にして目撃報告される発光現象については、本当に地震と関連があるのかどうかも含めて、現代でもなお未解明な部分が多い。とすれば、この時点で「地震には、こういった火柱が立つことがある」と明確に表明されたことは、驚くべきことではないだろうか。

 昭和11年の1月2月は、厳冬だったという。当時は、現在ほど救助体制が整っていなかっただろうから、被災者の苦労は並大抵のことではなかっただろう。苦労がしのばれるところである。

 ちなみに、地震が発生した2月21日は、衆議院議員選挙の開票日だったが、開票は予定どおり進んだという。また、同日、天皇機関説で知られる憲法学者の美濃部達吉博士が拳銃で撃たれて右脚を負傷するという事件が起こった。さらに、この5日後、陸軍の青年将校らによるクーデター未遂事件、2.26事件が起こっている。

(文責:宮本知幸)

参 考

大阪朝日新聞 昭和11年(1936)2月21日 第二号外

大阪朝日新聞 昭和11年(1936)2月21日 第四号外

大阪毎日新聞 昭和11年(1936)2月22日

大阪毎日新聞 昭和11年(1936)2月23日

大阪毎日新聞 昭和11年(1936)2月27日

大阪毎日新聞 昭和11年(1936)3月17日 他

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