ごみと文化財 現代に活用させるべきもの

2014年12月3日 (文化財課)

 ここに衝撃の事実がある。それは、

「文化財は、かつて、ごみとして捨てられた物である場合が少なくない」 ということだ。

 ところで、「ごみ」とは何だろうか? 一般社会通念では、要するに役に立たない物、不要な物であり、その結果、捨てられた物(捨てられるべき物)、つまり廃棄物(廃棄物となるべき物)である。ところが、その概念は、状況によって、また、人によって異なってくるため、一概には決められないという要素を含んでいる。このため、ある人にとっては「不要な物=ごみ」であっても、別のある人にとっては必要な物である場合がある。この場合、その人にとって「それはごみではない」。たとえ、大多数の人にとっては「ごみ」であったとしても。

 そして、ここに文化財の概念が絡んでくると、さらに事情は複雑になってくる。なにしろ、ごみとして捨てられたものが文化財になる場合があるのだから。現在、文化財となっている物は、すべてが意識的に残そうとした結果、現代まで残ったものではない。むしろ、意識的に残そうとした物よりは、たまたま残ってしまった物の方が多いだろう。中には、明確に「捨てられた物」も相当量あると考えられる。

 それでは、現代の「ごみ(廃棄物)」処理との対比で、この問題について、少し考えてみることにしよう。

 

ごみ(廃棄物)についての関係法制  ~「ごみ(廃棄物)」とは何か?~

 「ごみ(廃棄物)」について、現在の関係法制では、どうなっているのだろう?

 まず、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)」(昭和45年法律第137号)がある。その第2条で次のように定義されている。

 「この法律において廃棄物とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染された物を除く)をいう。」

 さらに同法では、「一般廃棄物」と「産業廃棄物」に大きく分けられる、とされている。

 そして、この法律で除かれている放射性物質などについては、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」(昭和32年法律第167号)や「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」(平成12年法律第117号)で、その使用や販売、廃棄、最終処分の方法などが規定されている。

 また、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律の運用に伴う留意事項について」(厚生省環境衛生局環境整備課長通達・昭和46年10月25日環整第45号)というものがあり、

 「廃棄物とは、占有者が自ら利用し、又は他人に有償で売却することができないために不要になった物をいい、これらに該当するか否かは、占有者の意志、その性状等を総合的に勘案すべきものであって、排出された時点で客観的に廃棄物として観念できるものではない(以下略)」とされている。

 実際問題として、たとえば脱税や汚職の証拠品などは、当事者にとっては一刻も早くこの世から消してしまいたい(廃棄してしまいたい)不要な物だろう。しかし、税務署や検察にとっては、絶対に必要な物だ。断じて、ごみ(廃棄物)ではない。まさに「占有者の意志、その性状等を総合的に勘案すべきものであって、排出された時点で客観的に廃棄物として観念できるものではない」ということになる。

 また、間違って捨てたような場合は、もとより捨てる(廃棄する)意思がないわけだから、排出された時点で決めつけることができないことは当然だとも言える。

 

 加えて、「民法」(明治29年法律第89号)第239条第1項には、こうある。 「所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。」

 これを「無主物先占」という。捨てられた物(廃棄された物=所有者のない動産)は、欲しいと思う人が拾って手に入れれば(所有の意思をもって占有すれば)、その人の物になる(その人が所有権を取得する)のだ。いわゆる「ごみ屋敷」問題の根底にあるのは、こうした事情である。たとえ多くの人にとっては「ごみ(廃棄物)」であっても、特定の個人の所有物である以上、その人の意思に反して勝手に処分することはできないからだ。環境規制の基準に達しない限り、近隣の迷惑問題に留まらざるを得ない。ちなみに所有者のない不動産(土地など)は、国庫に帰属することになっている(同条第2項)。

 

 ここまでを整理すると次のようになる。

「ごみ(廃棄物)」とは・・・

1 要するに役に立たないもの、使わない(不用)など、いらないもの(不要)であって、捨てて(廃棄)しまうもの、また、捨ててしまったもの。

2 廃棄物処理法などの法律によって、その捨て方(処分方法)などが定められているもの。

 しかし

1 売ることができる物(有償物)など、価値のある物は、廃棄物ではないとも考えられる。

2 占有者が自ら必要又は不要とすることで、価値のない物でも廃棄物とならないこともあれば、価値のある物が廃棄物となることもある。

3 所持者の意志やその物の性状などを総合的に判断して、廃棄物かどうかを決めるべきであって、排出された時点で決めつけることはできない。

 

 とすれば、すべての人が「ごみ(廃棄物)」だと断定し、捨てた(廃棄した)物は、間違いなく「ごみ(廃棄物)」だということになるはずだ。現代の物であれば、そういうことになる。この解釈に、どこからも文句は出ないはずだ。

 ところが、ここに文化財保護の概念がからむと、また事情が変わってくるのである。

 

文化財保護の概念  ~「ごみ(廃棄物)」から文化財へ~

 それでは、ここで文化財保護法(昭和25年法律第214号)を見てみよう。文化財とは何かについて、第2条第1項の第1号から第6号に、具体例を挙げて規定されている。その中には、演劇や音楽、年中行事などといった無形物、さらに遺跡などの場所、景観などといった区域などについても規定されているが、「物」=有形物に限ってみれば、文化財とは、

 「有形の文化的所産で我が国にとって歴史上又は芸術上価値の高いもの(中略)並びに考古資料及び学術上価値の高い歴史資料」(第1号)

 ということになっている。

 そして、これらの内、重要なものが、重要文化財などの指定文化財や登録文化財などの対象となるようだ(第27条、第57条)。

 また、埋蔵文化財(土地に埋蔵されている文化財=第92条)の規定もある。「ごみ(廃棄物)」として土中に埋められた物が、その結果、現代にまで残り、めでたく(?)文化財となるのだ。埋まっている(埋蔵されている)未発見の物であっても、上記の規定に該当するものは、すでに「文化財」なのである。

 

 さて、ここで、少し考えてみよう。縄文時代の貝塚は、ごみ捨て場だったと考えられている。そこに捨てられている物は、大部分がごみだった物だ。また、奈良・平安時代などの削り取られた木簡の片、割れた土器、折れた箸、壊れた道具類など、明らかにごみ捨て用の穴を掘って、その中に埋められたと見られるものがある。これらは、すべて、ごみとして捨てられた物と見て間違いないだろう。古代のごみ捨て場、それは考古資料の宝庫なのである。

 先祖伝来の骨董品や伝世の古文書類などはさておき、ふすまの下張りや畳の下敷き、これらは、すべて不要物である。再利用された反故紙も、再利用を終えた時点ですでに不要物になったというべきだろう。江戸時代の浮世絵や読み本など、当時の普及品の類は、意識して保存したものばかりではあるまい。その多くは、たまたま残ったものなのではないだろうか。文化財の中には、意識して残したものより、たまたま結果として残ったもの(その中には、本来なら捨てられる運命にあったものも少なくないと思われる)や捨ててしまったものの方が多いのでないだろうか。時代やものによって、異なるだろうけれども。

 ところが、何百年、何千年の時を経ることによって、その当時にあっては間違いなく「ごみ(廃棄物)」だったもの、少なくとも「ごみ(廃棄物)」となる可能性が高かったものが、現代においては文化財としての価値を持つに至っているのである。あらゆる物が、こうした可能性を秘めている。なにしろ、人間の大便でさえも考古資料(=文化財)となるのだから。人間の大便など、過去においても現代においても、その生成直後にあっては間違いなく「ごみ・汚物(廃棄物)」だろう。検便などの場合は別として。

 しかし、長い歴史のときを経た物は、もはや捨てられる(廃棄される)ものではない。それどころか、保存・活用されるべきものとなる。それらは、まさに「価値の高い歴史資料」だと考えられるからである。

 柏原市の文化財に限ってみた場合でも、たとえば、平野遺跡出土の弥生絵画土器片などは、捨てられていた可能性が高い。安堂遺跡出土の木簡は、明らかに捨てられていた物だ。鳥坂寺跡出土の扉の釘は、打ち捨てられていた(放置されていた)物というところか。鳥坂寺跡などの古代寺院跡出土の大量の瓦片などもそうだろう。古墳に埋納されていた物は別として、「捨てられていた」あるいは「放置されていた」と思われる物は結構多い。

 それでは、その線引きは、どのあたりにすべきだろうか。どのあたりで、「ごみ(廃棄物)」が文化財に「昇格」するのだろうか。これは、ケース・バイ・ケースで判断するしかないというべきか。時代が古いほど希少価値は高くなるだろう。逆に時代が新しくなるほど、より多くの物が残っているだろうから、それに応じて希少価値、史料的価値は低下していくかもしれない。とはいえ、それは飽くまで一般論にすぎない。物事には例外があり、世の中には特例があるのだから。

 

循環型社会と文化財保護  ~循環資源と文化財~

 現在、廃棄物処理に関して運用されている、先の通達(「廃棄物の処理及び清掃に関する法律の運用に伴う留意事項について」)でも、「(廃棄物とは)占有者が自ら利用し、又は他人に有償で売却することができないために不要になった物を」いう、としている。ということは、その逆であれば「ごみ(廃棄物)」ではない、ということになる。有償で売却できない物は「ごみ(廃棄物)」だが、有償で売却できる物は「ごみ(廃棄物)」ではないのだ。つまり、価値のある物は「ごみ(廃棄物)」ではないのである。

 この見解に従えば、リサイクルが可能な缶やビン、古紙などは、有償で売却できる、価値のある物なのだから、廃棄物処理法によって処理される「廃棄物」ではない、ということになる。

 文化財だとされる物の場合は、すでに文化財であることによって、その価値は普遍であると言えるだろう。いかに何百年前のその当時に、間違いのない「ごみ(廃棄物)」であったとしても、今や立派な文化財=「価値ある物」なのだから。

 ただ、先の通達にいう「自ら利用し」ないために不要になった場合は、客観的に価値があるのかないのかは、必ずしもはっきりしていない。主観的には、「価値のない物」であることに間違いはないだろうけれども。

 そこで、現在では、廃棄物などの処理に関して、価値のあるなしのみに基準を置くのではなく、「循環資源」という概念を導入してきている。

 循環型社会の形成についての基本原則などを定めた、「循環型社会形成推進基本法」(平成12年法律第110号)の第2条第1項に次のようにある。

 「この法律において循環型社会とは、製品等が廃棄物等となることが抑制され、並びに製品等が循環資源となった場合においてはこれについて適正に循環的な利用が行われることが促進され、及び循環的な利用が行われない循環資源については適正な処分(中略)が確保され、もって天然資源の消費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減される社会をいう。」

 さらに「廃棄物等」の意味については、同条第2項にその定義が示されている。 「この法律において「廃棄物等」とは、次に掲げる物をいう。

1 廃棄物

2 一度使用され、若しくは使用されずに収集され、若しくは廃棄された物品(現に使用されているものを除く。)又は製品の製造、加工、修理若しくは販売、エネルギーの供給、土木建築に関する工事、農畜産物の生産その他の人の活動に伴い副次的に得られた物品(前号に掲げる物並びに放射性物質及びこれによって汚染された物を除く。)」

 

 価値のありなしについての区別は、ここにはない。そして、「循環型社会」という考え方が取り入れられている。要するに、まず、「廃棄物等」となることを 1抑制し、2循環資源として適正な循環利用が行われるように促進する、3循環利用が行われない循環資源については適正に処分する、というわけだ。Reduce(リデュース=減量する、ごみの排出を抑制する)、Reuse(リユース=繰り返し使用する)、Recycle(リサイクル=再資源化する)の、いわゆる3Rである。捨てようとした物であっても、その価値を見出し、資源として活用していこうということだろう。それはすなわち、「ごみ(廃棄物)」となることを極力避けようということ、価値が消滅するのを防ごうということだ。一旦は「ごみ(廃棄物)」として捨てられたものの、現代にまで残った結果、奇跡の復活(消滅した価値の復活)を遂げて文化財となった物とは、逆のパターンというところか。しかし、どちらも現代に活用されるという点では、違いはない。

 

まとめ  ~文化に資すべき資源~

 ここで、「循環型社会形成推進基本法」と「文化財保護法」、二つの法律の、それぞれの目的を並べて、見てみることにしよう。

 「この法律は、環境基本法(平成5年法律第91号)の基本理念にのっとり、循環型社会の形成について、基本原則を定め、(中略)循環型社会の形成に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。」(循環型社会形成推進基本法第1条)

 「この法律は、文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする。」(文化財保護法第1条) 循環資源も文化財も、ともに「文化」に資すべき「資源」だと言えるだろう。文化に資すべき資源として、現代に活用されるのだ。

 

 「ごみ(廃棄物)」とは、不要なものであって、捨てるべきものだが、その概念には多分に主観的な要素があり、人によって異なる。

 そして、ここに文化財保護という概念が入ることによって、時間の経過という要素が新たに加わってくることとなった。たとえ、「ごみ(廃棄物)」と断定され、一度は捨てられても、時間の経過とそれに伴う希少性の増大によって奇跡の復活を遂げ、文化財となる可能性があるということだ。そのとき、その物は、以前にも増して、大切に保存され活用されることになるのである。ただ、そうなるのは、ごくごく一部にすぎないのではあるが。

(文責:宮本知幸)

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