地球温暖化と700年周期説

2014年11月14日 (文化財課)

 地球温暖化が話題となって久しい。二酸化炭素が温暖化の原因との考え方を疑問視する意見もあるが、一応、二酸化炭素が温暖化の原因だと一般には考えられているようだ。その議論はさておき、ここでは、地球の気温変化に関する一つの見方、気温変化700年周期説について紹介したいと思う。

 気温変化700年周期説とは、要するに、地球の気温は、約700年の周期で暖かくなったり寒くなったりを繰り返している、という見方である。

 弥生時代・西暦300年ごろは今より寒かった。その700年後、平安時代・西暦1000年ごろは今より暖かかった。そのさらに700年後、江戸時代・西暦1700年ごろは、今より寒かった。このように、地球は約700年の周期で寒暖をくりかえしていると考えられるのである。

 たとえば、西暦1000年ごろの「記録」ともいうべき、あの「枕草子」を見ると、

 

 冬はつとめて。(中略)いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白い灰がちになりてわろし。

 

とある。

 ここから分かることは、冬の大変寒い早朝には暖房(それも火桶にすぎない)を使った、しかし、その程度の暖房でさえ使うのは早朝だけで、昼間には、もう使っていなかった、ということだ(下線部)。

 実際、当時の住居は板敷きで、蒲団もまだない。十二単といってもファッションとして色の組み合わせを楽しむだけで、防寒の必要性からのものではなかった。つまり、平安時代は、今より暖かかったといえるのだ。奈良・平安のころまで使用されていた靴(沓)が、それ以降、ほとんど使用されなくなるのも気温の変化と関係しているのではないだろうか。湿度の高い日本では、蒸れて大変だったのだろう。

 他方、江戸時代の西暦1700年ごろ、特に18世紀前半から19世紀始めごろにかけての約100年間は、小氷河期とも言われるほどの寒冷期であったことが知られている。冷害や天候不順によって飢饉が頻発しており、享保、天明、天保と、三代飢饉と呼ばれる大飢饉は、すべてこの時期に集中している。寒さのピークは、18世紀半ば、宝暦のころだったとか。つまり、江戸時代は、今より、はるかに寒かったのだ。

 ただ、今より寒かったと考えられる、西暦200~300年ごろでも、邪馬台国の卑弥呼のころ(3世紀前半ごろ)は、例外的に暖かかったようだ。このことが、卑弥呼の時代の邪馬台国の繁栄と、その前の「倭国大乱」などに関係しているのではないか、などといった指摘もあるようだ。

 各時代の気温や気候などについては、土中の花粉の分析、木の年輪や当時の人々の日記などから知ることができるという。

 この説が、果たして正しいのかどうか、それは分からない。しかし、この説に従えば、西暦2400年ごろにかけては、今より、さらに暖かくなっていくと予想されるのである。

(文責:宮本知幸)

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