ゆかたと柏原

2017年9月7日 (まちの魅力づくり課)

ゆかたの由来

昔は湯帷子(ゆかたびら)と呼ばれ、公家や武家が入浴や湯上がりに湯気をぬぐいさるために着た麻の単衣のことを言いました。 江戸時代後期に今の木綿地になり一般大衆に広まったようです。

 

柏原のゆかた地染色の歴史

柏原で布地の染色が始まったのは、明治の末期から大正のはじめごろです。当初は、手ぬぐいの染色が主でしたが、大正13年頃からゆかたの染色が多くなってきました。
染色には、きれいな水が多く必要であったため、旧大和川の川床筋である上市・古町地区に豊富な伏流水を利用した染色の工場が多く建ち並んでいました。
当時は、漂白した木綿を乾燥させるため大和川の堤防上一面に純白の木綿地が干されている光景がみられましたが、現在は、「屋上さらし」といって建物の屋上に櫓を組んで乾燥させる方法と、室内で熱風による方法が行われています。現在では工場の数も少なくなりましたが、伝統的な技法を守りながら、設備の近代化や技術の改良によって現代感覚にマッチしたゆかたが作られています。

 

現在のゆかた生産

柏原市のゆかたは、最盛期には全国生産量の約25%(約250万反)を占めていました。しかし、最近では中国などから機械染めゆかたの輸入が増加し、全国的にも生産量が減少している中、柏原市においては7社ほどの染物工場で年間約8万反の生産が続けられています。

 

染色法

注染法(ちゅうせんほう)(手染め)

ゆかたの染色で最も多く用いられる手法で、ぼかしや細かい模様などが染められ独特の味わいがあるが、熟練した技術が必要。

 

奈染法(なせんほう)(機械染め)

機械で染料を印刷するもので、量産を目的とする

 

長板本染法(ながいたほんぞめほう)

長い板に布地をはり、型紙をおき防染してつけ染めを繰り返す

 

籠付法(かごつけほう)

長板本染からヒントを得たもので、小柄専用のもの

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