ヒトラーが堅下に!?ヒトラー・ユーゲントの来訪

2014年8月11日 (文化財課)

 第2次世界大戦前、堅下にアドルフ・ヒトラーが来たことがある!?

 かつて、こんな誤解があった。

 実際に来たのは、ヒトラー・ユーゲントの青少年たちである。 昭和13年(1938)11月、一行10人が、大阪府中河内郡堅下村を訪問、大県地区(現・柏原市大県)のブドウ園を見学するなどしている。地元の青年団や在郷軍人会による大歓迎を受けたという。 全国各地でも大歓迎を受け、当時、「万歳ヒットラー・ユーゲント」という歌も作られたようだ(作詞・北原白秋)。昭和11年(1936)の日独防共協定締結をきっかけとする両国の関係強化の取組みの一環として、この年(昭和13年)、両国の青少年が相互訪問している。日本からは、大日本連合青年団の一行がドイツを訪問したという。  さすがに、ヒトラーが堅下に来たと誤解している人は少ないが、当時を知る人の中でもドイツの軍人たちの一行が来たと思っている人は少なからずいるようだ。

 ヒトラー・ユーゲントというのは、当時のドイツの青少年組織である。ドイツでは、1936年に国の唯一の青少年団体として、法律ですべての青少年(男子10歳~18歳、女子10歳~21歳)の加入が義務付けられていた。日本語では、「ヒトラー青少年団」、「ドイツ少女団」などと訳されている。

 ところで、第2次世界大戦中のドイツの武装親衛隊の部隊の一つに第12SS装甲師団というのがある。この師団は、ヒトラー・ユーゲントの出身者を中心に編成されたことから、ヒトラー・ユーゲントと名付けられていた。しかし、この師団の編成が開始されたのは、1943年のことである。したがって、その5年前に堅下を訪れたのは、この師団の軍人たちではない。 ドイツの青少年たちが堅下を訪れた昭和13年ごろ、第2次世界大戦前の厳しい時代との印象がある時期だが、同時に堅下のブドウ栽培が最盛期だった時期でもあるようだ。

 柏原市へのドイツの青少年たちの訪問は、この後、平成10年(1998)4月のチュービンゲン青少年交響楽団の訪問まで待たねばならない。奇しくも、ちょうど60年後だ。このときは、上市の市民文化センターで、柏原市青少年オーケストラとのジョイント・コンサートが行われた。

 (文責:宮本知幸)

 

ヒトラーユーゲント

 

ヒトラーユーゲントとの記念写真(小寺正史1982『柏原ぶどうの歴史』より)

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